欧博娱乐コメだけではない 金融市場で起きている“ある値”の急上昇 深層には何が
低調がもたらす急上昇
長期金利は日本国債(以下、国債)の取り引きで決まります。
いったい何が起きているのかを探るため、今月大手証券会社の債券ディーリングルームを訪ねてみました。
各種ある国債のうち「10年ものの国債」の利回りが長期金利の代表的な指標です。
モニターには、国債価格から算出された利回り(=長期金利の水準)が表示され、ディーラーは売り手の「売りたい水準」と買い手の「買いたい水準」を突き合わせる『板』を見ながら取り引きをしていました。
国債は、発行する財務省でまず入札が行われ、プライマリー・ディーラーと呼ばれる市場参加者(証券会社)が応札して購入したあと、別の金融機関などにいわば転売する形で流通します。
そして流通過程においては次のような仕組みで長期金利が決まります。
実は私が訪ねた証券会社も財務省で応札するプライマリー・ディーラーの1つです。
しかも2024年の下半期に財務省から最も多く国債を購入した大口です。
話を聞いてみると、長期金利上昇の兆しは国債の入札段階(まさに最初の段階)から出ていました。
ちょうどこの日は財務省で10年ものの新規国債の入札が行われたのですが、「応札倍率」は2.66倍。
3年5か月ぶりの低い水準でした。
国債を欲しいという需要がいつもより少なかったのです(上記の表では『国債の需要が弱い』→金利上昇に該当)。
しかも国債入札の低調ぶりはこの日に限ったことではなく、最近は国債を積極的には買いにくい状況が続いていると言います。
三菱UFJモルガン・スタンレー証券 持立洋希 レーツトレーディング担当部長
「長期金利が上昇する=国債価格が下がるということ。われわれの顧客(=機関投資家)の間では、金利がさらに上昇するとの見方から、国債価格が下がって損するリスクが意識されている。顧客の需要が弱いため、証券会社も入札で国債を調達することに慎重になっている」
長期金利の上昇傾向は2025年に入ってから一段と鮮明になっています。
ここ15年間の長期金利の推移を示したグラフです。
市場で注目される10年ものの国債の利回りに加え、2年ものの国債の利回りもみてみます。
2年ものの国債の取り引きでは、金融市場が日銀の政策金利の先行きをどう見ているかがより強く反映されるといいます。
数字自体の変化は大きくないように見えますが、グラフで見ると、最近になって上昇の勢いが強まっていることがわかります。
債券市場の関係者も短期間で利回り(金利)がここまで大きく上昇するのは異例だと受け止めています。
国債の取り引きに何かが起きているようです。
急ピッチな上昇の背景、その要因の1つが日銀です。
コメ価格の高騰を背景に、ことし1月の消費者物価指数の上昇率(除く生鮮食品)は3%を超えました。
日銀は2%の物価目標を掲げていますが、かれこれ3年近くにわたってこの水準を超える状況が続いています。
さらに、日銀は直近の「展望レポート」(経済・物価の見通し/四半期ごとに公表)で今後の物価の見通しを上方修正したうえに、「(さらに)上振れするリスクのほうが大きい」としました。
物価上昇を押さえ込むために、日銀は市場の予想より早く利上げに動くのではないかー。
国債を取り引きしている関係者の間でこうした観測が急速に広がっているのです。
こうした見方をさらに強めているのが、最近行われた日銀の審議委員の講演・会見です。
さらなる利上げに前向きな発言が相次いでいます。
審議委員のなかでもタカ派(利上げに積極的)と見られている田村審議委員は…
日銀 田村審議委員
「2025年度後半には少なくとも1%程度まで短期金利を引き上げておくことが必要だ」(2月6日 松本市での講演)
続いて高田審議委員は…
日銀 高田審議委員
「ギアシフトを段階的に行っていく視点も重要だ」(2月19日 仙台市での講演)
さらに内田副総裁も…
日銀 内田副総裁
「2025年度の後半から2026年度中の1年半の間のどこかで、現実の物価と基調的な物価がともに2%程度になると考えている。それに応じて引き続き政策金利を引き上げる方針だ」(3月5日 静岡市での講演)
日銀が利上げをすれば、市場全体の金利を上方に導きます。
副総裁や審議委員の発言を手がかりに、この先の金利上昇を見越して「いまは日本国債を買うのは控えよう」という動きがマーケットに広がり、結果的に金利が先行して上昇している形です。
「いつ利上げ?」だけでなく「どこまで利上げ?」という見方にも変化が出ています。
日銀が将来的にどこまで政策金利を引き上げるかを意味する「到達金利」(=ターミナルレート)の市場予想も次第に上昇しているのです。
これまで「到達金利」は1%程度だという予想が大勢でしたが、最近になって1.5%程度ではないかという観測が浮上してきました。
みずほ証券の丹治倫敦チーフ債券ストラテジストは、▽10年ものの国債の利回りをもとに算出した投資家の予想物価上昇率(=期待インフレ率)と▽為替、原油価格の動向を比較し、2025年に入ってからのある変化に注目しています。
円安が進み原油価格が上昇すれば、国内の物価は上昇するー これが一般的な見方で、実際、為替、原油価格、期待インフレ率は同じ方向になりやすい(為替の場合は円安方向)という関係にありました。
ところが2025年に入ると、為替は円高方向、原油価格は下落しているにもかかわらず、期待インフレ率は逆に上昇するという「かい離」が見られるようになりました。
みずほ証券 丹治倫敦チーフ債券ストラテジスト
「予想インフレ率は通常、為替や原油の値動きに反応して動く傾向がある。これが『かい離』しているということは、投資家の間で、10年後の物価上昇率が従来の予想より高いのではないという見方が広がっている可能性がある」
仮に日銀が政策金利を1.5%まで引き上げるとすると、現在は0.5%なのであと1%分を引き上げることになります。
1回あたりの利上げ幅をおおむね0.25%とすると、あと4回ほど利上げが行われる計算です。
この先、まだまだ利上げがある…そんな思惑が金利の上昇を後押ししているのかもしれません。
一方で、別の要因も指摘されています。
市場関係者から聞かれるのは、10年以上続いてきた日銀の異次元緩和の影響です。
日銀は黒田前総裁のもと、2013年から大規模な金融緩和策を導入し、大量の国債を長期間にわたって買い入れることで、市場に資金を行き渡らせようとしました。
伝統的な金融政策の公式では「制御はできない」とされていた長期金利についても2016年以降は具体的な操作目標を設定し、国債の買い入れによって金利上昇の押さえ込みを続けました。
この結果、日銀は発行済みの国債の半分を保有する状況となり、国債の最大の買い手となりました。
国債の銘柄によっては日銀が100%買うという状況も起こり、民間どうしの取り引きによって適正な価格を見つけるという市場の機能が低下してしまったというのです。
いま日銀は利上げと同時に国債の買い入れ額を段階的に減らしています。
それでも日銀の買い手としての存在感はまだまだ大きく、市場の機能は大規模金融緩和以前の姿には戻っていません。
債券市場の動きがかつてないほど急ピッチになっているのは、こうした背景もありそうです。
気になる今後。
専門家の多くはもう1段の上昇を予想しています。
東海東京証券 佐野一彦 チーフ債券ストラテジスト
「投資家の間では、3月5日の内田副総裁の講演のあとも、日銀が早い時期にさらなる利上げに踏み切るのではないかという見方が根強くある。そして年度末が近づくなか、期末のラストスパートで『国債で運用益を上げよう』という積極的な買い注文も見えない。したがって3月中にも1.6%に届く可能性はあるのではないか」
「日銀が世界経済の先行きに対してどのような認識をもっているかに注目だ。投資家の間では、トランプ大統領の関税政策や地政学的なリスクへの警戒感が広がっているが、仮に日銀も警戒感を強めている場合は利上げのタイミングにも影響を与える可能性がある」
長期金利は将来の成長や物価の見通しを織り込むため「経済の体温計」とも言われます。
トランプ大統領の政策、コメ価格の高騰など心配のタネは尽きませんが、いまの長期金利の水準は日本経済にとって適温と言えるのでしょうか。
少なくとも急な体温上昇は身体にはあまりよくないかもしれません。
(3月10日「おはBiz」で放送予定)