コメ、そしてキャベツ…価格の高騰が続く中、物価の番人が見ている”別の物価” その正体とは

コメ+89%、キャベツ+91%、はくさい+71%、物価全体も+2.9%。(総務省 3月消費者物価指数・東京都区部)
最近の物価動向は、日銀が目標としている「+2%」をはるかに超えています。

しかし、不思議なことに当の日銀からは「目標を超えた」という声は聞かれません。実は“別の物価”を見て、動くのをがまんをしているようです。

消費者の体感とはちょっと異なるこの物価。その正体とは。

(経済部・佐々木悠介)

役割を果たしていない!?

「物価高やインフレを抑える本来の役割を果たしてほしい」
「やっていることは支離滅裂だ」
「2%の物価目標は達成されているのではないか」

3月26日に開かれた衆議院の財務金融委員会。この日は日銀の「金融政策運営」がテーマで、植田総裁をはじめ幹部が出席しましたが、委員からは疑問の声が相次ぎました。

委員たちの疑問は「物価の上昇」に端を発しています。コメや野菜などの食料品の値上がりが続き、直近2月の消費者物価指数(全国)は生鮮食品を含めた総合で3.7%、生鮮食品を除いたコアでも3.0%の上昇率を記録しています。

日銀は物価安定目標として「+2%」を掲げていますが、消費者物価指数の上昇率は、総合、コアともになんと35か月連続で2%以上となっているのです。それにもかかわらず、なぜ日銀は物価を抑え込むためにもっと利上げをしないのか?というのが委員からの疑問の趣旨です。

物価の番人

日銀の使命は言うまでもなく物価の安定。このため「物価の番人」とも呼ばれます。

世界の主要な中央銀行ではこの物価の安定を目指すにあたって具体的な数値を掲げるところが多く、日銀もその1つです。2013年1月、日銀はデフレからの脱却を目指す当時の安倍政権との間で「共同声明=アコード」を決定し、この中で「+2%」の物価上昇率を目標に掲げることになりました。

日銀 黒田前総裁 2013年4月

当時の日本の消費者物価はマイナスでした。+2%の物価目標は、いわば“ゴール”として設定され、その後就任した黒田前総裁のもとで日銀は大規模な金融緩和策を加速させていくことになりました。

ちなみに、ここで目標となった「+2%」とは消費者物価の上昇率の「総合」のことです。

目標を掲げたころ=2013年1月には「総合」の消費者物価は-0.3%でした。「物価の番人」の日銀は、目標達成に向けて金融緩和を実施、大量の資金を市場に供給し続けたのです。

その後、コロナ禍をへて2022年4月以降は+2%以上で推移するようになります。これに歩を合わせるように「物価の番人」は大規模な金融緩和を転換。2024年3月にマイナス金利政策を解除、7月に追加利上げ、そしてことし1月にさらなる利上げに踏み切りました。

日銀が重視する“別の物価”

ところが「総合」の物価は日銀の目標=+2%を超え続け、最近は一段と上昇しています。

特に食料品の値上がりは顕著です。この春には4000品目以上で値上げとなり(帝国データバンク調べ)、「総合」が示す物価水準よりも、消費者である私たちの物価の“体感”は高くなっています。

こうなると「物価の番人」には「物価の上昇をなんとか抑えてくれないか」と期待してしまいます。衆議院の財務金融委員会で相次いだ委員の声もうなずけます。

にもかかわらず、なぜか日銀は物価を押さえ込む姿勢は明確に打ち出していません。

なぜなのか。それは、日銀が重視している物価が「基調的な物価」だからです。

なじみがないと感じる人も多いと思います。それもそのはず、これは日銀が独自に算出している物価なのです。

日銀によると実際の物価変動から季節性や天候といった“一時的”とされる変動要因を除いた物価の変動を示すそうです。

例えば、キャベツの値段が天候不順が要因で上がってもこれは一時的な動きだと判断し、物価の基調とはみなさないという考え方です。

あくまで賃金や人件費の動きが反映されたサービス価格などに基づいて物価を捉えようというアプローチで、植田総裁は「各種の物価目標に加えて、物価変動の背後にあるマクロ的な需給ギャップや賃金上昇率など、さまざまな上昇を見たうえで判断するもの」などと説明をしています。

日銀 内田副総裁

では、この基調的な物価の上昇率はどのくらいの水準なのかというと、日銀は「+2%未満」だと分析しています。

つまり、目標としている「+2%」に届いていないというのです。これこそが日銀が物価の押さえ込みに軸を移さない理由だったのです。

内田副総裁(3月5日 静岡市)
「基調的な物価の上昇率はなお2%を下回っている。こうした状況で金融面から引き締めてしまうと景気を抑制して賃金も上がらなくなってしまう。物価もいずれ2%より低くなる」

基調的な物価 何%なの?

では、基調的な物価の上昇率はずばり何%なのでしょうか。

実は「明確な数値はわからない」というのが今の日銀の公式の答えです。

植田総裁は3月19日の会見で「基調的な物価上昇率は徐々に高まってきているが、2%を下回っているという認識に変わりはない」と述べました。さらに、総裁自身が考える今の基調的な物価上昇率の水準を問われると「1%以上、2%は下回るという中にはいるという風に思っている」と答えました。

消費者物価で示される物価から、天候要因などさまざまな一時的な要因をすべてきれいに取り除いた数値を示すことは今の段階ではできず、「基調的な物価は○○%だ!」と明確に言える数値はないと言うのです。

みずほリサーチ&テクノロジーズ 門間一夫エグゼクティブエコノミスト

かつて日銀で理事などを務め金融政策の運営にも関わった、みずほリサーチ&テクノロジーズの門間一夫エグゼクティブエコノミストは、この基調的な物価の課題について次のように指摘します。

門間一夫エグゼクティブエコノミスト
「基調的物価というのはある種『概念』で日銀内でしか確認できない。植田総裁が『基調的物価が+2%以下』というなら、われわれはそれを信じるしかないというのが実情で、これが国民からすると『本当か?』と疑念を抱く要因の一つになっている」。

日銀は努力も

一方、日銀も「具体的数値はわからない」とただ言っているだけではありません。

基調的物価の把握に有益な情報を得るため、2015年から「基調的なインフレ率を補足するための指標」を公表しています。

消費者物価を見る際、品目ごとの価格変動分布の中で最も頻度の高い価格変化率を見る「最頻値」、両極端にあたる一定割合を機械的に外して見る「刈込平均値」、それに「加重中央値」、価格の「上昇品目と下落品目の比率」がそれに当たります。

刈込平均値と加重中央値、最頻値の3つの指標のグラフを見てみます。

いずれの数値も2021年以降急上昇して2023年半ばに2%から3%台の上昇率まで高まりました。その後は低下傾向が続いていましたが、去年の秋以降、再び上昇傾向となり、刈込平均値で言えば直近は2か月連続で2%を超える状態となっています。

見ようによっては基調的物価は+2%を超えているのではとも思ってしまいますが、これもあくまで参考としての指標です。

日銀の内部からも「理解してもらう難しさを感じている」という声が出ています。

日銀は打つ手なし?

仮に基調的な物価の上昇率が2%を超えたとして、あるいは超えていたとしても、それでも今の食料品の価格高騰などがもたらす物価上昇に対して、日銀が金融政策で対応できる余地は少ないという指摘も出ています。

日銀 植田総裁(3月19日)
「日銀はコメなどの価格に直接影響する手段を持っているわけではないので、無理にでもそうしたものの価格を下げるということになれば、景気全体を冷やして消費に対する需要を冷やすのであまりにコストが大きい」

本来「利上げ」というのは景気が過熱して物価が上がりすぎた時に、景気を冷やして物価を下げようとする政策です。

しかし、今の日本の物価高は、景気と関連しない部分でのコメの値上がりや円安、それに海外でのインフレを起点としたコスト上昇などの影響が大きく、こういった時に利上げを続けて金融を引き締めると、仮に物価を下げられたとしても景気が大きく悪化するリスクをはらんでいるという考えです。

先ほど基調的な物価の課題を指摘した門間一夫エグゼクティブエコノミストは、今後の利上げについては慎重な判断が必要だと主張します。

門間一夫エグゼクティブエコノミスト
「日本経済が強くなったから物価が上がっているわけではなく、海外の影響を強く受けて物価が上がっている今の現状では利上げで物価高を止めるのは非常に難しい状況になっている。

ある種金融政策の限界が来ているとも言える。トランプ政権の関税政策など景気の下振れリスクも指摘されているなか、今後の利上げについてはかなり慎重に判断するとみている」

基調的な物価の上昇率が何%であろうとも、消費者物価の上昇率は3%以上になっているのが現実です。賃金の上昇が追いつかず、暮らしが圧迫されているという声も多くなっています。

なぜ利上げをするのか、なぜ利上げをしないのか。日銀は物価の番人として丁寧に説明をしていくことが一段と重要になりそうです。

2025-04-07 23:44 点击量:5